宇宙ステーションにのった日本人女性が、1周90分ほどで地球をびゅんと廻っているあいだに、もうひとりの日本人女性の情報が、電波にのって世界をさっと駆け巡った。女の子という表現がまだ似合う18歳の吉田えり。時速90Kmたらずのナックルボールをひっさげて、ベースボールのアメリカ独立リーグ、ゴールデン・ベースボール・リーグ(GBL)北地区のチコ・アウトローズ(ならず者たち)に入団だ。
公式ブログによると「今しかできないこと、このチャンスを逃したくない」から挑戦を決断したという。音楽産業グループ会社がマネジメントにつき、有形無形のサポートをかきあつめて、チャンスの尻尾をガッチリつかんだ。合衆国にとっても10年ぶりとなる女性プロフェッショナル・ピッチャーは、好奇の視線を吹き飛ばすニュースを、国境を越えて発信できるのか。
すったもんだの退団となった、関西独立リーグ・神戸9クルーズ時代の成績は、先発1試合を含む11試合で11回2/3イニングを投げて0勝2敗、防御率4.63。平均すると1試合約1イニングの登板で0.5失点ほど。通用したのか、活躍したのか判別はむずかしい。今春参加したアリゾナ・ウインターリーグで、カナダのチームを4回2/3イニング無失点に抑えて勝利したが、特筆するほどの成績ではない。
平均的な日本人女性よりも小柄な、155cm55Kgとされる身体は、メジャーリーガーを目指す屈強なる男たちに、とても立ち向かえそうにはみえない。それでも、かつてマック鈴木や伊良部英輝も所属したGBLのホームページには、写真つきのトップで紹介されている。どう考えたって話題性による集客力が一番の目当てだろう。
メジャーの下部(マイナー)リーグなら、良くてAAクラス・レベルとみられるGBLは、北米西部を南北に分けた2地区10チームで、5月中旬から9月初旬までの6連戦は当たり前の88試合とオールスター戦、上位4チームによるプレイオフがおこなわれる。北はカナダから南はアリゾナ(南地区はハワイを含む)まで、広大なエリアでの長距離移動を伴い、並の男なら根をあげるはずだ。
22名とされるロースター争いに生き残らなければ、いわゆる「客寄せパンダ」にもなれない。つまり、なんとかドサ廻りについてゆく体力はあるだろう、との認識だ。すべてはナックルボールにかかっている。男勝りの女性ではなく、ナックルボールを投げられる女の子、だからこそチャンスは生まれた。
ほとんどナックルボールだけを投げるフルタイム・ナックルボーラーは、48歳まで現役で投げ続けて通算318勝のフィルと、43歳で通算221勝を挙げた弟ジョーの、ニークロ兄弟がとりわけ有名だ。春先のフロリダで直に指導を授けた、ティム・ウェークフィールド(ボストン・レッドソックス)は、一度解雇されて30歳でカムバック賞を受賞し、昨年初めてオールスターに選出された、43歳、現役メジャーほぼ唯一のナックルボーラーだ。
どうやら、ナックルボーラーの投手生命は長い。が、その習得は難しく、必要とされる才能や資質の具象は謎のままで、後に続く者がほとんどいない。米スポーツ専門局ESPNのウェブサイトによると、ウェークフィールドは「日本からきた彼女がナックルボールの伝統を受け継ごうとしてくれて光栄だ」と語った。「ちょっとクールだね」とも。
師匠といえる彼の今シーズン初登板では、二者連続の特大ホームランを浴びた、その直後に、空振りしたボールが打者の体に当たるほど不規則な軌道で、ストライクアウトに仕留めた。ここに、魔球の後継者候補となった女の子が、かの地で輝く可能性が垣間みえる。
メジャーでは、自身のバッティング・フォームを崩したスイングは好まれない(だからこそイチローは特別だ)。少ないギャランティながらメジャーへの野望を捨てない男たちの密集地帯ならば、「当てるのではなく振れ」は無言で徹底される。はるばる海を渡ってやって来た小さな女の子が放リ投げる、時速55マイルちょっとの揺れる球は、オーバーフェンスを狙わなければプライドが許さない。いや、許されない。
ときには、白球は見えなくなるまで遠くに飛ばされる。そのぶん、木の葉のように揺れては落ち、バットをひらりとかわして、キャッチャーがひたすら身体を壁にしてなんとか押さえるシーンも、たくさんみられるはずだ。草野球では打ちごろのスピードにみえるボールの行方は、ホームランか三振かボテボテなのか。どうなったって、なんだか痛快じゃないか。
ソフトボールの投法にも似た、右斜め下から投げる異色のフォームに、初対決となるバッターは面食らうかもしれない。が、球速の遅さは弱点ともなり、ランナーがでれば盗塁の危機に見舞われる。当たったら死ぬほどのピッチャーライナーに、倒れこんで逃げるときもあるだろう。そんな粉骨砕身となる姿をみて、「男の世界に挑戦なんて・・・」の狭量な先入観は避けたい。
スポーツの世界は、もともとジェンダー(社会的・文化的な性のありよう)の平和なる分離主義が主流だ。ほとんどのオリンピック・スポーツには、女性だけの頂点と裾野がはっきりある。統一された国際機関が女子への普及に積極的なサッカー界は、「なでしこジャパン」の進化がめざましい。ラグビー・イングランド代表の強さの復活には、女性ラガーの普及から始まった競技人口増加戦略にその一翼があったと聞く。
ベースボールはどうか。プロとアマの統一機関もなく、国際的な普及はちっとも進まず、日米両国にある世界1、2のプロ・リーグも、女子への普及には関心が薄い。投資は潜在能力の高い男子の発掘と育成に集中される。日本では、野球をやりたい女子のおおくは、同姓のみのチームが少なく、肩身を狭くしながら男子に混じり練習や試合をせざるをえない。男女の体力差が拡大するにつれて、ほとんどがやめるか、他のスポーツに移る。
女子の野球を語るときは、「なぜソフトボールをしないのか」の色メガネが装着される。日本の女子野球の競技人口(レクレーションとしてではなく)は千人足らずと推定されており、5万人ほどとみられる女子ソフトボールに比べて、選手層はあまりに薄い。「男子の劣化版」とみなす偏狭なイデオロギーは、他のスポーツよりも強く深く潜む。
吉田えりの決断には、「本物のナックルボーラーになりたい」(公式ブログより)という願いが強く滲んでいる。ベースボールの母国の空気に触れて、ウェークフィールドに出会い、「女性野球選手」としてではなく、「女性初のフルタイム・ナックルボーラー」としての挑戦に、本質的な価値を見いだしたといえる。
いつまでも「野球という男の世界に挑戦」という受けとめ方が続く日本は、ナックルボーラーという絶滅危惧種にとっては、ちょっと息苦しい場所になっていたようだ。アメリカにも、「国民の娯楽」であるベースボールは「男がやるもの」との固定観念は根強くある。同じくらい、パイオニアへの敬意も深い。
正真正銘の先駆者、熱狂を巻き起こした野茂英雄のような、華々しい活躍ができなくてもいい。その一球一球は、日本で唯一かもしれないナックルボーラーが、新天地で絶滅の危機を免れた証左となる。希少なる価値は、いつだって海の向こうからのニュースで気づかされるものだ。
Hiro Matsuokaのコラムは下記のURLでもご覧になれます。
セクシースポーツ・エクスタシーコラム2
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/sexysports/
公式ブログによると「今しかできないこと、このチャンスを逃したくない」から挑戦を決断したという。音楽産業グループ会社がマネジメントにつき、有形無形のサポートをかきあつめて、チャンスの尻尾をガッチリつかんだ。合衆国にとっても10年ぶりとなる女性プロフェッショナル・ピッチャーは、好奇の視線を吹き飛ばすニュースを、国境を越えて発信できるのか。
すったもんだの退団となった、関西独立リーグ・神戸9クルーズ時代の成績は、先発1試合を含む11試合で11回2/3イニングを投げて0勝2敗、防御率4.63。平均すると1試合約1イニングの登板で0.5失点ほど。通用したのか、活躍したのか判別はむずかしい。今春参加したアリゾナ・ウインターリーグで、カナダのチームを4回2/3イニング無失点に抑えて勝利したが、特筆するほどの成績ではない。
平均的な日本人女性よりも小柄な、155cm55Kgとされる身体は、メジャーリーガーを目指す屈強なる男たちに、とても立ち向かえそうにはみえない。それでも、かつてマック鈴木や伊良部英輝も所属したGBLのホームページには、写真つきのトップで紹介されている。どう考えたって話題性による集客力が一番の目当てだろう。
メジャーの下部(マイナー)リーグなら、良くてAAクラス・レベルとみられるGBLは、北米西部を南北に分けた2地区10チームで、5月中旬から9月初旬までの6連戦は当たり前の88試合とオールスター戦、上位4チームによるプレイオフがおこなわれる。北はカナダから南はアリゾナ(南地区はハワイを含む)まで、広大なエリアでの長距離移動を伴い、並の男なら根をあげるはずだ。
22名とされるロースター争いに生き残らなければ、いわゆる「客寄せパンダ」にもなれない。つまり、なんとかドサ廻りについてゆく体力はあるだろう、との認識だ。すべてはナックルボールにかかっている。男勝りの女性ではなく、ナックルボールを投げられる女の子、だからこそチャンスは生まれた。
ほとんどナックルボールだけを投げるフルタイム・ナックルボーラーは、48歳まで現役で投げ続けて通算318勝のフィルと、43歳で通算221勝を挙げた弟ジョーの、ニークロ兄弟がとりわけ有名だ。春先のフロリダで直に指導を授けた、ティム・ウェークフィールド(ボストン・レッドソックス)は、一度解雇されて30歳でカムバック賞を受賞し、昨年初めてオールスターに選出された、43歳、現役メジャーほぼ唯一のナックルボーラーだ。
どうやら、ナックルボーラーの投手生命は長い。が、その習得は難しく、必要とされる才能や資質の具象は謎のままで、後に続く者がほとんどいない。米スポーツ専門局ESPNのウェブサイトによると、ウェークフィールドは「日本からきた彼女がナックルボールの伝統を受け継ごうとしてくれて光栄だ」と語った。「ちょっとクールだね」とも。
師匠といえる彼の今シーズン初登板では、二者連続の特大ホームランを浴びた、その直後に、空振りしたボールが打者の体に当たるほど不規則な軌道で、ストライクアウトに仕留めた。ここに、魔球の後継者候補となった女の子が、かの地で輝く可能性が垣間みえる。
メジャーでは、自身のバッティング・フォームを崩したスイングは好まれない(だからこそイチローは特別だ)。少ないギャランティながらメジャーへの野望を捨てない男たちの密集地帯ならば、「当てるのではなく振れ」は無言で徹底される。はるばる海を渡ってやって来た小さな女の子が放リ投げる、時速55マイルちょっとの揺れる球は、オーバーフェンスを狙わなければプライドが許さない。いや、許されない。
ときには、白球は見えなくなるまで遠くに飛ばされる。そのぶん、木の葉のように揺れては落ち、バットをひらりとかわして、キャッチャーがひたすら身体を壁にしてなんとか押さえるシーンも、たくさんみられるはずだ。草野球では打ちごろのスピードにみえるボールの行方は、ホームランか三振かボテボテなのか。どうなったって、なんだか痛快じゃないか。
ソフトボールの投法にも似た、右斜め下から投げる異色のフォームに、初対決となるバッターは面食らうかもしれない。が、球速の遅さは弱点ともなり、ランナーがでれば盗塁の危機に見舞われる。当たったら死ぬほどのピッチャーライナーに、倒れこんで逃げるときもあるだろう。そんな粉骨砕身となる姿をみて、「男の世界に挑戦なんて・・・」の狭量な先入観は避けたい。
スポーツの世界は、もともとジェンダー(社会的・文化的な性のありよう)の平和なる分離主義が主流だ。ほとんどのオリンピック・スポーツには、女性だけの頂点と裾野がはっきりある。統一された国際機関が女子への普及に積極的なサッカー界は、「なでしこジャパン」の進化がめざましい。ラグビー・イングランド代表の強さの復活には、女性ラガーの普及から始まった競技人口増加戦略にその一翼があったと聞く。
ベースボールはどうか。プロとアマの統一機関もなく、国際的な普及はちっとも進まず、日米両国にある世界1、2のプロ・リーグも、女子への普及には関心が薄い。投資は潜在能力の高い男子の発掘と育成に集中される。日本では、野球をやりたい女子のおおくは、同姓のみのチームが少なく、肩身を狭くしながら男子に混じり練習や試合をせざるをえない。男女の体力差が拡大するにつれて、ほとんどがやめるか、他のスポーツに移る。
女子の野球を語るときは、「なぜソフトボールをしないのか」の色メガネが装着される。日本の女子野球の競技人口(レクレーションとしてではなく)は千人足らずと推定されており、5万人ほどとみられる女子ソフトボールに比べて、選手層はあまりに薄い。「男子の劣化版」とみなす偏狭なイデオロギーは、他のスポーツよりも強く深く潜む。
吉田えりの決断には、「本物のナックルボーラーになりたい」(公式ブログより)という願いが強く滲んでいる。ベースボールの母国の空気に触れて、ウェークフィールドに出会い、「女性野球選手」としてではなく、「女性初のフルタイム・ナックルボーラー」としての挑戦に、本質的な価値を見いだしたといえる。
いつまでも「野球という男の世界に挑戦」という受けとめ方が続く日本は、ナックルボーラーという絶滅危惧種にとっては、ちょっと息苦しい場所になっていたようだ。アメリカにも、「国民の娯楽」であるベースボールは「男がやるもの」との固定観念は根強くある。同じくらい、パイオニアへの敬意も深い。
正真正銘の先駆者、熱狂を巻き起こした野茂英雄のような、華々しい活躍ができなくてもいい。その一球一球は、日本で唯一かもしれないナックルボーラーが、新天地で絶滅の危機を免れた証左となる。希少なる価値は、いつだって海の向こうからのニュースで気づかされるものだ。
Hiro Matsuokaのコラムは下記のURLでもご覧になれます。
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第百回世界フィギアスケート選手権の舞台は、優雅なるイナバウアーの記憶が甦るトリノ、パラベーラ・アイスリンク。「パーフェクト」と高らかに宣言できた演技で、勝利の「鐘」を打ち鳴らし、浅田真央が2度目の世界チャンピオンに輝いた。その完璧なるフリー・スケーティングは129.50点で実は2位。トップは、バンクーバー五輪の素晴らしさとはほど遠い、まったく冴えのない動きで、転倒さえしたキム・ヨナだった。その差はわずか0.99点。どうしても素直な祝福が贈れない。なぜ、呆れてしまうほど不可解な採点結果になったのか。
技術点では1.57点(キムの転倒による減点1を含む)だけ上回った、浅田真央のフリーの演技。最初のトリプル・アクセル(3A)は成功して、基礎点8.2点にGOE(各要素の質をみて加減される点)で0.6の加点。次の3Aからのダブル・トゥーループ(2T)のコンビネーション・ジャンプは、トリプルではなくダブルにダウン・グレードされて、9.5点から4.8点に下がり、GOEがマイナス0.48点。12要素中2つを終えて13.12点だ。
ちなみに、フリー1位のキムは前半2つのジャンプで19.7点、3位の安藤15.3点、4位14,2点、5位12.5点、6位16.8点、7位15.7点、8位14.3点、となっている。地球上の女性でほとんど誰もできない技の成功に、地球の裏側から絶大な拍手を送っていたら、観客席もテレビ画面でも肉眼では見極めできないエッジの動きで、1位どころか他の選手にも遅れをとっていた。なんて不条理なんだ。
審判団は9人のジャッジの上に、レフェリーやテクニカル・コントローラー、正副テクニカル・スペシャリスト、ほかにもデータ・オペレーターとリプレイ(再生)・オペレーターがいる。限られたカメラの数と位置からの映像では、全員でどれだけ凝視しても、ジャンプで4分の1以上の回転不足があるかどうかのダウン・グレード判定を、限られた時間で完璧に判断できるはずがない。0.1秒ほどの瞬間の出来事の、どこからが向こう側か、こちら側か。映画「マトリックス」のワンシーンのごとく、360度全方位カメラを設置して、エッジに全地球測定システム(GPS)のチップを埋め込んで、映像とデータを瞬時にコンピュータ解析するシステムは、コスト的にも導入できそうにない。つまり、人間が採点するしかない。
浅田とキムの技術点の推移だけをみていく。15番滑走のキムは、12要素のうち7番めのトリプル・サルコウで転倒、10番めの2Aがパンクして0点になった時点では、58.25点(減点1含む)だ。20番滑走の浅田が、7番めの3連続ジャンプ、バンクーバーでは失敗した3T、9番めの2Aを跳び終えて、もうトップに立っていると拍手喝采を贈っていた時点では、まだ55.02点。次のフライングコンビネーションスピンで58.52点となりやっと追い越した。
つまり、キムは、どちらかのジャンプが成功していれば、技術点で上回っていた。または、浅田がステップやスピンのどこかでヨロッとでもしていれば、コケたヨナより下だったかもしれない。最終盤のストレートライン・ステップでの激しくも華麗な躍動、フィニッシュに至る渾身かつ繊細なスピン。肉体的にも精神的にも驚嘆すべきスタミナが、1.57点の差を勝ち取ったといえる。
ところが、キムの演技構成点は、浅田を2.56点も上回り、その差を軽々とひっくり返していた。一般に芸術点とも呼ばれ、スケート技術、要素のつなぎ、実行力/遂行力、振り付け、曲の解釈の5項目を、10点満点の0.25点刻みで出した評価の平均(フリーでは1.6の加重をかけて)で採点する。美やセンス、思想、哲学などのおよそ定量化できないものをなぜか数値化できるソフトが発明されるまでは、あくまで人間が採点するしかない。
特等席に座っていながら、氷上のスケーターではなく、タッチパネルつき電子画面の映像を見て、瞬時に判断と裁定をくだす。なにが素晴らしいか、誰が優れていたかなんて、感じるヒマなんてあるわけない。審判員の脳裏にインプットされた過去の情報や序列を元に、ひたすら点を付けるだけだ。その合計が、積み重ねてきた技術の採点結果を、ひらりと飛び越えてゆく。
完璧ではないテクノロジーを導入せざるをえないシステムは、フランケンシュタインのように制御不能になっても仕方がない。インプットしたデータやフォーマットが間違っていても、モンスター自身は修正できないからだ。採点システムにおける審判員も、もはやモンスターの構成要素にすぎない。解決策は、モンスターそのものを排除するか、犠牲者を出し続けながら修理を繰りかえす。
採点に関わるものすべてが、自分がモンスターではないのかと自問しながら、万人が納得できるまで、テクノロジーの進化とともに、何度も何度も、修正を繰りかえし、繰りかえす。つまり永遠の作業だ。
当時最先端のテクノロジーであった初期のDNA鑑定が、忌まわしい冤罪の要因となったように、公正明大なジャッジを標榜しても、どこかで犠牲者は生まれる。「燃え尽き症候群」と評されるほど、あきらかに覇気が無く、演技にも精彩さを欠いていた五輪金メダリストを、モンスター・システムの暴走が、総合2位にした。安藤美姫やイタリア代表のカロリーナ・コストナーなどと同じように、彼女も犠牲者だったのかもしれない。
もし、キムがショート・プログラムのトリプル・フリップに着氷していれば優勝もありえたわけで、現実だったならばそら恐ろしい。総合芸術のひとつの到達点でもあるオペラの国、イタリアのファンは、表彰式でもブーイングの大合唱をしただろう。東アジアの列島市民は、「ハンド」を見逃されて決勝ゴールを奪われたカルチョ(イタリア・サッカー)のゴール裏くらいに絶望と怒りに震えたはずだ。手の感触を黙っていた選手は、許されざる罪人にまで貶められたかもしれない。
隣国の誇る最高級アスリートは、そうはならなかった。私たちは、そんな不幸なことをせずに済んだ。最初から最後の一瞬まで、魂と身体に炎を燃やし続けた浅田真央のおかげだ。祝福よりも先に感謝をしたい。
その偉業と功績に応えて、かどうかは不明だが、日本スケート連盟が、自国のメディアでさえ「浅田真央に有利に働く」と報じる採点方法の変更案を、国際スケート連盟の総会に提出するという。世界でただ一人しか有利にならない(と受けとられかねない)変更案。万人にとっての不条理を指摘しない改正は、交渉事として考えれば、他国からは不平と非難の的にもなる。みすみす選手を犠牲にしてはならない。
人類創造に失敗したゴシック小説の正式タイトルは「フランケンシュタイン、または現代のプロメテウス」。ギリシア神話でプロメテウスが人類にもたらした「火」は、文明や知恵、テクノロジーなどの比喩として使われる。2百年の時を超えて現代に呼吸する作品の著者は、メアリー・シェリーという名の、まだ二十歳をすぎたばかりの女性だった。
19歳の浅田真央がリンクのうえに完成させた波乱万丈の世界も、ひとまず幕を降ろした。来年の世界フィギア東京大会は、二十代の作品として、新たな始まりの第一章となる。4年後のソチ・オリンピックでは、壮大な傑作へと昇華されて、テクノロジーのいらない記憶の柱に刻みこみたい。そのとき、誰彼となく語りあい、語り継ぐだろう。
参考文献:「フランケンシュタイン・コンプレックス 人間はいつ怪物になるのか」小野俊太郎(青草書房)
技術点では1.57点(キムの転倒による減点1を含む)だけ上回った、浅田真央のフリーの演技。最初のトリプル・アクセル(3A)は成功して、基礎点8.2点にGOE(各要素の質をみて加減される点)で0.6の加点。次の3Aからのダブル・トゥーループ(2T)のコンビネーション・ジャンプは、トリプルではなくダブルにダウン・グレードされて、9.5点から4.8点に下がり、GOEがマイナス0.48点。12要素中2つを終えて13.12点だ。
ちなみに、フリー1位のキムは前半2つのジャンプで19.7点、3位の安藤15.3点、4位14,2点、5位12.5点、6位16.8点、7位15.7点、8位14.3点、となっている。地球上の女性でほとんど誰もできない技の成功に、地球の裏側から絶大な拍手を送っていたら、観客席もテレビ画面でも肉眼では見極めできないエッジの動きで、1位どころか他の選手にも遅れをとっていた。なんて不条理なんだ。
審判団は9人のジャッジの上に、レフェリーやテクニカル・コントローラー、正副テクニカル・スペシャリスト、ほかにもデータ・オペレーターとリプレイ(再生)・オペレーターがいる。限られたカメラの数と位置からの映像では、全員でどれだけ凝視しても、ジャンプで4分の1以上の回転不足があるかどうかのダウン・グレード判定を、限られた時間で完璧に判断できるはずがない。0.1秒ほどの瞬間の出来事の、どこからが向こう側か、こちら側か。映画「マトリックス」のワンシーンのごとく、360度全方位カメラを設置して、エッジに全地球測定システム(GPS)のチップを埋め込んで、映像とデータを瞬時にコンピュータ解析するシステムは、コスト的にも導入できそうにない。つまり、人間が採点するしかない。
浅田とキムの技術点の推移だけをみていく。15番滑走のキムは、12要素のうち7番めのトリプル・サルコウで転倒、10番めの2Aがパンクして0点になった時点では、58.25点(減点1含む)だ。20番滑走の浅田が、7番めの3連続ジャンプ、バンクーバーでは失敗した3T、9番めの2Aを跳び終えて、もうトップに立っていると拍手喝采を贈っていた時点では、まだ55.02点。次のフライングコンビネーションスピンで58.52点となりやっと追い越した。
つまり、キムは、どちらかのジャンプが成功していれば、技術点で上回っていた。または、浅田がステップやスピンのどこかでヨロッとでもしていれば、コケたヨナより下だったかもしれない。最終盤のストレートライン・ステップでの激しくも華麗な躍動、フィニッシュに至る渾身かつ繊細なスピン。肉体的にも精神的にも驚嘆すべきスタミナが、1.57点の差を勝ち取ったといえる。
ところが、キムの演技構成点は、浅田を2.56点も上回り、その差を軽々とひっくり返していた。一般に芸術点とも呼ばれ、スケート技術、要素のつなぎ、実行力/遂行力、振り付け、曲の解釈の5項目を、10点満点の0.25点刻みで出した評価の平均(フリーでは1.6の加重をかけて)で採点する。美やセンス、思想、哲学などのおよそ定量化できないものをなぜか数値化できるソフトが発明されるまでは、あくまで人間が採点するしかない。
特等席に座っていながら、氷上のスケーターではなく、タッチパネルつき電子画面の映像を見て、瞬時に判断と裁定をくだす。なにが素晴らしいか、誰が優れていたかなんて、感じるヒマなんてあるわけない。審判員の脳裏にインプットされた過去の情報や序列を元に、ひたすら点を付けるだけだ。その合計が、積み重ねてきた技術の採点結果を、ひらりと飛び越えてゆく。
完璧ではないテクノロジーを導入せざるをえないシステムは、フランケンシュタインのように制御不能になっても仕方がない。インプットしたデータやフォーマットが間違っていても、モンスター自身は修正できないからだ。採点システムにおける審判員も、もはやモンスターの構成要素にすぎない。解決策は、モンスターそのものを排除するか、犠牲者を出し続けながら修理を繰りかえす。
採点に関わるものすべてが、自分がモンスターではないのかと自問しながら、万人が納得できるまで、テクノロジーの進化とともに、何度も何度も、修正を繰りかえし、繰りかえす。つまり永遠の作業だ。
当時最先端のテクノロジーであった初期のDNA鑑定が、忌まわしい冤罪の要因となったように、公正明大なジャッジを標榜しても、どこかで犠牲者は生まれる。「燃え尽き症候群」と評されるほど、あきらかに覇気が無く、演技にも精彩さを欠いていた五輪金メダリストを、モンスター・システムの暴走が、総合2位にした。安藤美姫やイタリア代表のカロリーナ・コストナーなどと同じように、彼女も犠牲者だったのかもしれない。
もし、キムがショート・プログラムのトリプル・フリップに着氷していれば優勝もありえたわけで、現実だったならばそら恐ろしい。総合芸術のひとつの到達点でもあるオペラの国、イタリアのファンは、表彰式でもブーイングの大合唱をしただろう。東アジアの列島市民は、「ハンド」を見逃されて決勝ゴールを奪われたカルチョ(イタリア・サッカー)のゴール裏くらいに絶望と怒りに震えたはずだ。手の感触を黙っていた選手は、許されざる罪人にまで貶められたかもしれない。
隣国の誇る最高級アスリートは、そうはならなかった。私たちは、そんな不幸なことをせずに済んだ。最初から最後の一瞬まで、魂と身体に炎を燃やし続けた浅田真央のおかげだ。祝福よりも先に感謝をしたい。
その偉業と功績に応えて、かどうかは不明だが、日本スケート連盟が、自国のメディアでさえ「浅田真央に有利に働く」と報じる採点方法の変更案を、国際スケート連盟の総会に提出するという。世界でただ一人しか有利にならない(と受けとられかねない)変更案。万人にとっての不条理を指摘しない改正は、交渉事として考えれば、他国からは不平と非難の的にもなる。みすみす選手を犠牲にしてはならない。
人類創造に失敗したゴシック小説の正式タイトルは「フランケンシュタイン、または現代のプロメテウス」。ギリシア神話でプロメテウスが人類にもたらした「火」は、文明や知恵、テクノロジーなどの比喩として使われる。2百年の時を超えて現代に呼吸する作品の著者は、メアリー・シェリーという名の、まだ二十歳をすぎたばかりの女性だった。
19歳の浅田真央がリンクのうえに完成させた波乱万丈の世界も、ひとまず幕を降ろした。来年の世界フィギア東京大会は、二十代の作品として、新たな始まりの第一章となる。4年後のソチ・オリンピックでは、壮大な傑作へと昇華されて、テクノロジーのいらない記憶の柱に刻みこみたい。そのとき、誰彼となく語りあい、語り継ぐだろう。
参考文献:「フランケンシュタイン・コンプレックス 人間はいつ怪物になるのか」小野俊太郎(青草書房)
いよいよ球春到来。メジャー・リーグ(MLB)のスプリング・キャンプでは、イチローが背面頭上ごしのスーパー・キャッチ。日米両国のベースボール好きの心がちょいと躍った。現地のスポーツ専門テレビ局のニュース番組は、この日のあらゆるスポーツのなかで、ランキング・トップのプレーに選んだ。つくづく、スポーツの素晴らしさは、言葉の壁を軽やかに越えてゆく。
4年前の春、第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、イチローの言葉が物議を醸していた。大会前には「向こう30年は日本に手は出せないな、という感じで勝ちたい」と発言して、韓国マスコミからは大批判。日本でも議論を呼んだ。
1次リーグに続いて、またも韓国に敗れ、準決勝進出がほぼ絶望的となったとき(その後は奇跡的な優勝を果たしたものの)、怒りと悔しさは頂点に達した。カリフォルニアの空のもと、スタジアムのベンチで、イチローは確かに咆えた。善男善女でさえスポーツの現場ではつい口にする、文字では書けない英単語で咆えた。その後の記者会見では、「僕の野球人生でもっとも屈辱的な日ですね」と語った。
紛れもないMLBスーパー・スターの言葉は、ただの「負け犬の遠吠え」でしかなく、あのとき、韓国チームにとっては、最高の賛辞にさえ響いたに違いない。
先日の甲子園球場のベンチ裏、敗戦直後の開星・野々村直通監督は、あのときのイチローと同じだった。沈黙のあと、敗戦の責任をすべて自分に帰して、「死にたい」「腹を切りたい」などと、怒りと悔しさを吐露した。四文字英単語と同じで、品性はないが、ことさら問題にする必要もない言葉だ。さらに、少しだけ文章にできる言葉を絞りだした。「21世紀枠のチームに負けるとは末代までの恥です」
翌日、昭和のプロ野球選手みたいなファッションセンスで現われると、涙の謝罪会見を強いられ、現実でもネット社会でも、ひたすら悪者扱いされ、結局は監督辞任に追い込まれた。
時を越えて吐かれた怒りと悔しさに溢れる言葉は、どちらにも品性や知性、相手に対する敬意を欠いている。が、そこに悪意はない。まして、悪や罪では決してない。どちらもスポーツの世界における言葉である。ふだんはクールでバリアーを張ったイチローも、あのときは人間臭さをはっきりとみせた。生徒の前では人格者(それだけでも充分だ)かもしれない教師は、ただの人間それだけであった。
人間の本音はなかなか分からない。恋人や夫婦、家族でも、そのほんとうの心うちは分からない。ほとんど初対面でのインタビューで心を開かせ、本音を訊きだすことは果てしなく難しい。もっとも本音が出やすい状況は、怒りである。怒りに満ち溢れているとき、普段は最高の人格者であっても、本音はもれる。いや、噴き出す。訊き出すことを職業とする者は、取材対象者の後ろに悪や罪があれば、厳しい質問で怒らせて、邪悪なる本音を吐かせようとする。
では、悪意もなく悪でもない、高校野球部監督の「負け犬の遠吠え」が、不適切発言となったのはなぜか。テレビ中継でも見られるように、甲子園の試合終了直後は、狭い通路のお立ち台に登らされた監督や選手を、大勢の記者たちが囲み、矢継ぎ早やの質問を投げかける。今回は、そこに歪んだ意図はなかったのか。
たとえば「21世紀枠のチームに負けてしまいましたね」の質問など。いや、そんな質問はなかったとしよう。では、ただの敬意を欠いた発言だと感じただけなのか。言葉を商売にする者たちが、他になにも感じないワケがない。つまり、「爆弾発言いただき」の暗黙の了解があったはずだ。
いわゆる私立のスポーツ強豪校にとって、公立校に負けること(今回のケースも同じ)は恥である。(逆に公立校にとっては私立校からの金星は夢であり目標でもあるが)このことは、高校スポーツ界では、いたるところにある常識であり本音であり、悲しい現実だ。つまり、「21世紀枠への批判」というキーワードには、「高校野球は教育の一環」と言い張り現状を誤魔化す主催者(高野連と大新聞)への批判があると受け取れる。
もし、権威や権力への批判を、くだんの監督の「本音」を使って代弁させる意図が、どこかに、誰かにあったのならば、良心を奮って全力で擁護すべきだ。相手への敬意云々だけの「言葉狩り」(いやな言葉だ)であったのであれば、そこには、悪意が満ち満ちている。常識となっている現状を、つい「本音」として洩らした者が、「悪」とされる社会は、社会そのものが腐っている。
むしろ「高校野球は教育の一環」というフレーズには、現状に潜むあらゆる弊害や歪みの本質を隠す意図がある。専門家や識者(と呼ばれる人々)によって、繰りかえし繰りかえし唱えられるうちに、いまや多くの人々にとっては、無意識の無批判が前提となっている。ここがひたすら気持ち悪い。
ふたたび甲子園での犠牲者を出さないための提案をひとつ。主催者とメディア側の都合だけを優先した、試合直後の敗者へのインタビューをやめるべきだ。もっと後でいい。敗れたチームの指導者(ほとんどが教員)は、知らない誰かの質問に答えるよりも、まずは教え子に立ち上がるきっかけとなる言葉をかけてほしい。怒りと悔しさを払拭して、若者たちにとっての人格者になる、そのときまで、すこしの時間をあげてほしい。
優れた記者なら、円陣の近くで耳を立て、(妄言は後でそっとたしなめつつ)金言だけをメモに集めて、名もなき全国の指導者たちに届けられるはずだ。スポーツにおける言葉を「狩る」のではなく、「はぐくむ」ことが、メディア(媒体)の仕事であってほしい。
学校の先生も、スポーツマン(ウーマン)も、聖人君子ではない。史上最高のプロゴルファーだって下半身は別人格を発揮する。教師の犯罪だって、悲しいくらい新聞紙面をにぎわす。ましてや、口にする言葉がいつも名言至言のはずがない。たとえば「夢をあきらめてはいけない」なんて、勝者と成功者(とそれを自認する者)だけが口にする、空疎ですこし敬意を欠いた言葉じゃあないか。
春を向かえる若者に、あるノーベル文学賞作家の言葉を贈りたい。
「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである」
もちろん聖人君子ではない、イギリスの戦時宰相ウィンストン・チャーチルの言葉だ。
スポーツでは、まったく同じことが無言で表現されている。いや、まったく違うことも表現されている。2009年のイチローは、639打数で225本のヒットを放つなか、414回もの失敗を繰り返した。今シーズンも、失敗は何度も、きっと何度も繰り返される。
スポーツを見る醍醐味のひとつは、メッセージを感じるか否かである。常に感じなくていい。ふと、感じるときがあるだけでいい。いよいよ球春到来だ。
4年前の春、第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、イチローの言葉が物議を醸していた。大会前には「向こう30年は日本に手は出せないな、という感じで勝ちたい」と発言して、韓国マスコミからは大批判。日本でも議論を呼んだ。
1次リーグに続いて、またも韓国に敗れ、準決勝進出がほぼ絶望的となったとき(その後は奇跡的な優勝を果たしたものの)、怒りと悔しさは頂点に達した。カリフォルニアの空のもと、スタジアムのベンチで、イチローは確かに咆えた。善男善女でさえスポーツの現場ではつい口にする、文字では書けない英単語で咆えた。その後の記者会見では、「僕の野球人生でもっとも屈辱的な日ですね」と語った。
紛れもないMLBスーパー・スターの言葉は、ただの「負け犬の遠吠え」でしかなく、あのとき、韓国チームにとっては、最高の賛辞にさえ響いたに違いない。
先日の甲子園球場のベンチ裏、敗戦直後の開星・野々村直通監督は、あのときのイチローと同じだった。沈黙のあと、敗戦の責任をすべて自分に帰して、「死にたい」「腹を切りたい」などと、怒りと悔しさを吐露した。四文字英単語と同じで、品性はないが、ことさら問題にする必要もない言葉だ。さらに、少しだけ文章にできる言葉を絞りだした。「21世紀枠のチームに負けるとは末代までの恥です」
翌日、昭和のプロ野球選手みたいなファッションセンスで現われると、涙の謝罪会見を強いられ、現実でもネット社会でも、ひたすら悪者扱いされ、結局は監督辞任に追い込まれた。
時を越えて吐かれた怒りと悔しさに溢れる言葉は、どちらにも品性や知性、相手に対する敬意を欠いている。が、そこに悪意はない。まして、悪や罪では決してない。どちらもスポーツの世界における言葉である。ふだんはクールでバリアーを張ったイチローも、あのときは人間臭さをはっきりとみせた。生徒の前では人格者(それだけでも充分だ)かもしれない教師は、ただの人間それだけであった。
人間の本音はなかなか分からない。恋人や夫婦、家族でも、そのほんとうの心うちは分からない。ほとんど初対面でのインタビューで心を開かせ、本音を訊きだすことは果てしなく難しい。もっとも本音が出やすい状況は、怒りである。怒りに満ち溢れているとき、普段は最高の人格者であっても、本音はもれる。いや、噴き出す。訊き出すことを職業とする者は、取材対象者の後ろに悪や罪があれば、厳しい質問で怒らせて、邪悪なる本音を吐かせようとする。
では、悪意もなく悪でもない、高校野球部監督の「負け犬の遠吠え」が、不適切発言となったのはなぜか。テレビ中継でも見られるように、甲子園の試合終了直後は、狭い通路のお立ち台に登らされた監督や選手を、大勢の記者たちが囲み、矢継ぎ早やの質問を投げかける。今回は、そこに歪んだ意図はなかったのか。
たとえば「21世紀枠のチームに負けてしまいましたね」の質問など。いや、そんな質問はなかったとしよう。では、ただの敬意を欠いた発言だと感じただけなのか。言葉を商売にする者たちが、他になにも感じないワケがない。つまり、「爆弾発言いただき」の暗黙の了解があったはずだ。
いわゆる私立のスポーツ強豪校にとって、公立校に負けること(今回のケースも同じ)は恥である。(逆に公立校にとっては私立校からの金星は夢であり目標でもあるが)このことは、高校スポーツ界では、いたるところにある常識であり本音であり、悲しい現実だ。つまり、「21世紀枠への批判」というキーワードには、「高校野球は教育の一環」と言い張り現状を誤魔化す主催者(高野連と大新聞)への批判があると受け取れる。
もし、権威や権力への批判を、くだんの監督の「本音」を使って代弁させる意図が、どこかに、誰かにあったのならば、良心を奮って全力で擁護すべきだ。相手への敬意云々だけの「言葉狩り」(いやな言葉だ)であったのであれば、そこには、悪意が満ち満ちている。常識となっている現状を、つい「本音」として洩らした者が、「悪」とされる社会は、社会そのものが腐っている。
むしろ「高校野球は教育の一環」というフレーズには、現状に潜むあらゆる弊害や歪みの本質を隠す意図がある。専門家や識者(と呼ばれる人々)によって、繰りかえし繰りかえし唱えられるうちに、いまや多くの人々にとっては、無意識の無批判が前提となっている。ここがひたすら気持ち悪い。
ふたたび甲子園での犠牲者を出さないための提案をひとつ。主催者とメディア側の都合だけを優先した、試合直後の敗者へのインタビューをやめるべきだ。もっと後でいい。敗れたチームの指導者(ほとんどが教員)は、知らない誰かの質問に答えるよりも、まずは教え子に立ち上がるきっかけとなる言葉をかけてほしい。怒りと悔しさを払拭して、若者たちにとっての人格者になる、そのときまで、すこしの時間をあげてほしい。
優れた記者なら、円陣の近くで耳を立て、(妄言は後でそっとたしなめつつ)金言だけをメモに集めて、名もなき全国の指導者たちに届けられるはずだ。スポーツにおける言葉を「狩る」のではなく、「はぐくむ」ことが、メディア(媒体)の仕事であってほしい。
学校の先生も、スポーツマン(ウーマン)も、聖人君子ではない。史上最高のプロゴルファーだって下半身は別人格を発揮する。教師の犯罪だって、悲しいくらい新聞紙面をにぎわす。ましてや、口にする言葉がいつも名言至言のはずがない。たとえば「夢をあきらめてはいけない」なんて、勝者と成功者(とそれを自認する者)だけが口にする、空疎ですこし敬意を欠いた言葉じゃあないか。
春を向かえる若者に、あるノーベル文学賞作家の言葉を贈りたい。
「成功とは、意欲を失わずに失敗に次ぐ失敗を繰り返すことである」
もちろん聖人君子ではない、イギリスの戦時宰相ウィンストン・チャーチルの言葉だ。
スポーツでは、まったく同じことが無言で表現されている。いや、まったく違うことも表現されている。2009年のイチローは、639打数で225本のヒットを放つなか、414回もの失敗を繰り返した。今シーズンも、失敗は何度も、きっと何度も繰り返される。
スポーツを見る醍醐味のひとつは、メッセージを感じるか否かである。常に感じなくていい。ふと、感じるときがあるだけでいい。いよいよ球春到来だ。
「同情なんかいらねえから金よこせ」
そんな台詞をドスの効いた声で吐きそうだ。
ちなみにマネーではなくゴールドの金。
バンクーバー・パラリンピックの公式HPで見た、アイス・スレッジ・ホッケー日本代表のほとんどすべての面構えは、<悪役商会>のごとし、である。
平均年齢は36歳、下は26歳から上は53歳の15人。
本稿では、あえて選手名を挙げない。
ぜひネットを駆使して探して調べて見て欲しい。
準決勝では、地元カナダを、絶望の淵に沈めた。
国技アイスホッケーで男女とも優勝を飾り、「スレッジ・ホッケー、次は君たちだ」と、トリノに続く金メダルへの期待は最高潮だったのに。
善玉カナダに最後はオウンゴールを誘発させて3対1の勝利。
悪役の冥利を堪能したにちがいない。
NHKが急遽、生中継した決勝は、
予選では6対0の大敗を喫した、世界ランク1位のアメリカが相手だ。
平均年齢は手計算では24歳。なかには、ワルの風貌も混じる。
会場のスタンドには日の丸の小旗がかなり目立った。
第1ピリオドのジャパンの失点シーン。
ゴーリー(サッカーでいうゴールキーパー)が、倒れこみながら敵のシュートを防ぐ。
が、パックをキャッチできない。
ほかのメンバーは肉体を壁にしてゴール前に雪崩れ込む。
両手に持った短いスティックは、闇雲にパックを探している。
脚や腰をスレッジ(ソリ)に固定している選手たちは、視界が制限されるためか、すぐそばにパックがあっても見つけられない。
やっとゴーリーのグローブに納まったかにみえたパックは、アメリカのプレイヤーにかき出されていて、わずかなる空間を突いて先制点を奪われた。
下肢障害者の方々には失礼を承知で告白する。
この時、ソファに腰掛けて両脚を放り出していると、プレイヤーと同じような姿勢になったためか、上半身だけが一緒になって動いて、いつしか臨場を感じていた。
オリンピックのスキー・クロスで採用された、F1レースのオンボード・カメラのような、視覚的な擬似体験ではない。
映画「アバター」の主人公の逆パターンともいえる、自由ならぬ肉体のもどかしさを、五体満足な身体が確かに感じた。
なにを言いたいのか。
だからこそ見ていてひたすら面白い。
アイスホッケーを見る機会の少ない者、つまり、ほとんどの日本人にとって、最高峰のNHLや五輪レベルのゲームは、攻防と展開があまりに速すぎて、ぶつかり合いやゴール・シーンしか楽しめないのかもしれない。
アイス・スレッジ・ホッケーは、率直に言って、素人の動体視力でもなんとか追えるスピードだ。
技巧や技術、ひょっとしたら戦略さえも堪能できる。
第2ピリオドでは、ジャパンが攻勢をみせる。
アイスホッケーと同じように、ゴーリーを除く5人はベンチメンバーと交代を繰りかえす。
ほふく前進でも平気な顔して続けるには限界がある。
一人が連続してプレイしている時間は1分くらいだろうか。
やがて得たペナルティ・ショットのチャンス(サッカーでいうペナルティ・キックだが成功率はかなり低い)だったが、ここまで全試合無失点の相手ゴーリーに阻まれた。
この辺りで気づいた。
選手たちは、F1ドライバーのように、その目線の位置はかなり低く、プレイにおける体感は、はたから見たスピードより、はるかに速いはず。
実生活では邪魔かもしれない脚を、敵の進行方向の前にグイっと突きだして弾けあう姿は、F1レースでのコーナリングのせめぎ合いだ。
クラッシュはひんぱんに起こる。
両腕をエンジンにして、スティックで氷を漕ぎながら、パックを自分のソリの下の隙間に通して右に左に操るプレイは、サッカーならば、さながらクリスチアーノ・ロナウドのまたぎフェイントか。
両脚がないプレイヤーは、ターンの半径が小さく、リオネル・メッシのごとく、迂闊には近寄れない間合いをもつ。
などとアバター感覚での想像が膨んだ。
とはいえ、NHLのスター選手がサラブレッドなら、こちらは、北海道は「ばんえい競争」の農耕馬。
車輪のないソリを曳きに曳くひたむきな勤勉にも通じて、ちょっとした悲哀を勝手に浮べてしまう。
最終の第3ピリオドもほとんど終盤。
わずか1点を追って、ジャパンはゴーリーの代わりに、フィールドプレイヤーを増やして攻める。
いや、ペナルティを受けて、一時的に1人少なくなり、ゴーリーを戻してやっぱり守る。
そのとき、ゴールに背中を向けた状態からのシュートが一閃。
カナダの英雄、NHLのスーパースター、シドニー・クロスビーが五輪決勝で決めた延長サヨナラゴールデンゴールに比肩する、もう一つのスーパーなゴールが生まれた瞬間。
決めたのはアメリカ。
日本のゴーリーは、ゆっくりと倒れ、天を仰ぎ見た。
クロサワ映画のサムライのごとく。血飛沫さえ見えた。
エンディングは立ち上がって拍手、拍手につきる。
ひととき氷上に喜びと悔しさのコントラストが交錯する。
やがて、金メダリストたちと銀メダリストたちは、互いに一列になって、もどかしげに氷を漕いでは少しずつ前に進み、ひとり、またひとりと抱きしめあう。
いや、正確には、抱きしめるほどには近づけず、お互いの頭をつかみ、額を擦りつけあう。
同情することもない、されることも決してない、尊敬を共有しあう者が、額を擦りつけあい、涙つぶが氷に散る。
誰もが、燻した銀の働きをいとわぬ顔。
つまり、金より光る顔の男たちだった。
どうしても付け加える決断を許して欲しい。
午前4時からの歴史的名勝負を目撃した人はきっと少ない。
まぎれもなく、この国のちょっとした不幸だ。
ジャパンの表彰式の直前で中継を終了したNHKは、何度も、何度も再放送をするべきである。
そんな台詞をドスの効いた声で吐きそうだ。
ちなみにマネーではなくゴールドの金。
バンクーバー・パラリンピックの公式HPで見た、アイス・スレッジ・ホッケー日本代表のほとんどすべての面構えは、<悪役商会>のごとし、である。
平均年齢は36歳、下は26歳から上は53歳の15人。
本稿では、あえて選手名を挙げない。
ぜひネットを駆使して探して調べて見て欲しい。
準決勝では、地元カナダを、絶望の淵に沈めた。
国技アイスホッケーで男女とも優勝を飾り、「スレッジ・ホッケー、次は君たちだ」と、トリノに続く金メダルへの期待は最高潮だったのに。
善玉カナダに最後はオウンゴールを誘発させて3対1の勝利。
悪役の冥利を堪能したにちがいない。
NHKが急遽、生中継した決勝は、
予選では6対0の大敗を喫した、世界ランク1位のアメリカが相手だ。
平均年齢は手計算では24歳。なかには、ワルの風貌も混じる。
会場のスタンドには日の丸の小旗がかなり目立った。
第1ピリオドのジャパンの失点シーン。
ゴーリー(サッカーでいうゴールキーパー)が、倒れこみながら敵のシュートを防ぐ。
が、パックをキャッチできない。
ほかのメンバーは肉体を壁にしてゴール前に雪崩れ込む。
両手に持った短いスティックは、闇雲にパックを探している。
脚や腰をスレッジ(ソリ)に固定している選手たちは、視界が制限されるためか、すぐそばにパックがあっても見つけられない。
やっとゴーリーのグローブに納まったかにみえたパックは、アメリカのプレイヤーにかき出されていて、わずかなる空間を突いて先制点を奪われた。
下肢障害者の方々には失礼を承知で告白する。
この時、ソファに腰掛けて両脚を放り出していると、プレイヤーと同じような姿勢になったためか、上半身だけが一緒になって動いて、いつしか臨場を感じていた。
オリンピックのスキー・クロスで採用された、F1レースのオンボード・カメラのような、視覚的な擬似体験ではない。
映画「アバター」の主人公の逆パターンともいえる、自由ならぬ肉体のもどかしさを、五体満足な身体が確かに感じた。
なにを言いたいのか。
だからこそ見ていてひたすら面白い。
アイスホッケーを見る機会の少ない者、つまり、ほとんどの日本人にとって、最高峰のNHLや五輪レベルのゲームは、攻防と展開があまりに速すぎて、ぶつかり合いやゴール・シーンしか楽しめないのかもしれない。
アイス・スレッジ・ホッケーは、率直に言って、素人の動体視力でもなんとか追えるスピードだ。
技巧や技術、ひょっとしたら戦略さえも堪能できる。
第2ピリオドでは、ジャパンが攻勢をみせる。
アイスホッケーと同じように、ゴーリーを除く5人はベンチメンバーと交代を繰りかえす。
ほふく前進でも平気な顔して続けるには限界がある。
一人が連続してプレイしている時間は1分くらいだろうか。
やがて得たペナルティ・ショットのチャンス(サッカーでいうペナルティ・キックだが成功率はかなり低い)だったが、ここまで全試合無失点の相手ゴーリーに阻まれた。
この辺りで気づいた。
選手たちは、F1ドライバーのように、その目線の位置はかなり低く、プレイにおける体感は、はたから見たスピードより、はるかに速いはず。
実生活では邪魔かもしれない脚を、敵の進行方向の前にグイっと突きだして弾けあう姿は、F1レースでのコーナリングのせめぎ合いだ。
クラッシュはひんぱんに起こる。
両腕をエンジンにして、スティックで氷を漕ぎながら、パックを自分のソリの下の隙間に通して右に左に操るプレイは、サッカーならば、さながらクリスチアーノ・ロナウドのまたぎフェイントか。
両脚がないプレイヤーは、ターンの半径が小さく、リオネル・メッシのごとく、迂闊には近寄れない間合いをもつ。
などとアバター感覚での想像が膨んだ。
とはいえ、NHLのスター選手がサラブレッドなら、こちらは、北海道は「ばんえい競争」の農耕馬。
車輪のないソリを曳きに曳くひたむきな勤勉にも通じて、ちょっとした悲哀を勝手に浮べてしまう。
最終の第3ピリオドもほとんど終盤。
わずか1点を追って、ジャパンはゴーリーの代わりに、フィールドプレイヤーを増やして攻める。
いや、ペナルティを受けて、一時的に1人少なくなり、ゴーリーを戻してやっぱり守る。
そのとき、ゴールに背中を向けた状態からのシュートが一閃。
カナダの英雄、NHLのスーパースター、シドニー・クロスビーが五輪決勝で決めた延長サヨナラゴールデンゴールに比肩する、もう一つのスーパーなゴールが生まれた瞬間。
決めたのはアメリカ。
日本のゴーリーは、ゆっくりと倒れ、天を仰ぎ見た。
クロサワ映画のサムライのごとく。血飛沫さえ見えた。
エンディングは立ち上がって拍手、拍手につきる。
ひととき氷上に喜びと悔しさのコントラストが交錯する。
やがて、金メダリストたちと銀メダリストたちは、互いに一列になって、もどかしげに氷を漕いでは少しずつ前に進み、ひとり、またひとりと抱きしめあう。
いや、正確には、抱きしめるほどには近づけず、お互いの頭をつかみ、額を擦りつけあう。
同情することもない、されることも決してない、尊敬を共有しあう者が、額を擦りつけあい、涙つぶが氷に散る。
誰もが、燻した銀の働きをいとわぬ顔。
つまり、金より光る顔の男たちだった。
どうしても付け加える決断を許して欲しい。
午前4時からの歴史的名勝負を目撃した人はきっと少ない。
まぎれもなく、この国のちょっとした不幸だ。
ジャパンの表彰式の直前で中継を終了したNHKは、何度も、何度も再放送をするべきである。
「あっ!!」
感嘆符が口を突いて出た。
サッカーにおいて、予断、予測を越える素晴らしいプレーを見たときに漏れ出る
「おっ」でもなく、「おーっ」でもない。「あっ」である。
脳裏にまったく浮かばないプレーに度肝を抜かれたからだ。
「こんなのアリ?」
清水エスパルス・サポーターならば、
つづけざまに落胆か怒気をこめて、疑問符のつく台詞を吐く。
それ以外の者は、同じ台詞を、満面の笑みとともに、口にした。
ほどなく、動画サイトの小さな窓から、
世界中のサッカー・ファンにも、ひとときの平和なる話題をもたらした。
さっそくマネした子供もいるだろう。
まだ目にしていない方は、注意してお読みください。
それは、サンフレッチェ広島の佐藤寿人と槙野智章による
ペナルティ・キック(PK)におけるコンビプレー。
発案者の槙野は
「(Jリーグ)開幕戦でやったら目立つ。ほかの試合じゃ、テレビが少ないから意味がない」
と虎視眈々と狙っていた。
ボールをセットした槙野は、いつものように左後方に助走距離をとり、
背番号5を清水のGK西部洋平に見せつけ、
いつもなら、西部劇のガンマンのごとく、182cmの長身をクルリと翻らせて、
ボールへ向かってダッシュして右脚でシュートする。
このときは、さらにペナルティーエリアのライン際まで下がり、
ギリギリに立つ清水の選手を押し分ける。
その刹那、ササッーと気配だけは感じたはずの西部の動きとは反対側のネットに
ボールは突き刺さっていた。
逆サイドから走りこんで蹴ったのは公称170cmのFW佐藤だった。
後日のJリーグ公式サイトによると
「この判定は誤りでした。」
「正しくは、得点は認められません。」
競技規則第14条では、「ペナルティーキックを行う競技者は、特定されなければならない」と規定されており、
これを破ったため、「本来ならば反スポーツ的行為であり、少なくとも佐藤選手には警告が与えられるべきで」
「佐藤選手がペナルティーエリアに入った地点から、清水エスパルスに対して間接フリーキックが与えられて」再開すべきだったとのこと。
ちなみに「当該試合は既に成立しており試合の結果は変わるものではありません。」
なにが「特定」なのかや、Jリーグくじへの影響などの議論はあるが、
「アリ」ではなく「ナシ」で
「良い子はマネしちゃダメよ」と言うことだ。
キッカー有利といわれるPKで、フリーキックばりのダミーやオトリが必要かどうか、
は別にして、誰もやったことがないプレーに気がついた事実にまずは称賛だ。
きっと、広島の心優しき男たちは、仲間うちの心に秘めつつ、
けっして周囲には洩らさず、この日に望んだはず。
絶好のチャンスに、ちょっとした悪戯心も膨らむ。
アイコンタクトで決行を示し合わせた2人。素知らぬフリする仲間たち。
そういえば槙野のぎこちない素振り。PKが決まったときのはっちゃけた喜びよう。
悪意なき悪戯は大成功だ。
清水イレブンも、心優しき男たちだった。
ゴールを決められた西部は、口元を隠していたが、少し悔しくて、ちょっと苦笑い。
「あっ」と驚いたのは仕方ないが、「こんなのアリ?」と、審判に抗議する者はいなかった。
誰もジャッジに疑問を持たなかったのだろうか。
世界を渡り歩いた小野伸二やヨンセン、ボスナーなどが抗議しなかったせいで、
疑問を持ったにもかかわらず、黙っていたのか。
日本サッカー協会の松崎康弘審判委員長によると、岡部拓人主審も、
「何かおかしいと思ったが、清水側も何も言わなかったし、不安だったが、得点は認めた」と語っている。
キャプテンの兵頭昭弘が、抗議していれば、裁定が変わった可能性はある。
せいぜいPKのやり直し、と早合点したとしても、やり直しのPKを防ぐ可能性は残る。
やはり「疑問を持たなかった」そのことが疑問である。
そんな優しき男たちの姿に、Jリーグ発足初年度におこった「あっ」としたプレーを思い出す。
当時の驚くほど弱かった浦和レッズは、エースの福田正博が、
鹿島アントラーズから先制ゴールを奪うと、
自陣側のベンチ前でみんなと祝福を分かち合う。
テレビカメラも喜びの輪を追いかけるなか、すぐにゲームは再開されていて、
11人対GKひとりの状態から、同点ゴール。
アントラーズ以外のすべてが「あっ」か「えっ」となった。
当時の日本代表選手、福田の蒼白な顔が、いまでも印象深い。
今では少年サッカーでも、ゴールしたら相手エリアで喜べと教わるが、
当時は日本最高リーグの日本代表プレイヤーでも気がつかなかった。
フィールドのなかで、ルールとスポーツマンシップ、常識と固定観念が、
「あっ」という間に混ざりあって、苦い味が走って、
日本のサッカーがまだ子供だったことに気づかされた。
あのとき、鹿島のジーコは、嗤ったのか、笑っていたのか、きっと嗤っていた。
今回のPKは、公式には「誤審」とされたので、二度と見ることはないだろう。
が、想定外の美事さには変わりない。
「反スポーツ的行為」で「イエローカード」を出すべしと認定された、
なんとも愉快なる「トリックプレー」には、スポーツの醍醐味と真髄がある。
非暴力のもとで、ルールを知り尽くし、グレーゾーンや盲点をついて、
誰もやったことがない自分たちだけのプレーをやる。
スポーツにおけるコロンブスの卵には、ネイティブ・アメリカンの不幸はおこらない。
新発見は、まちがいなく進化につながるはずである。
Jリーグ発足から18年目の今年、
ちょっとは大人になったハズの日本サッカーは、
6月のW杯で世界を「あっ」と驚かせることができるのか。
90分のゲーム内容では難しいかもしれない。
このさい、日本サッカー協会は、
日本中、いや世界中から「トリックプレー」を正式に募集してはどうだろう。
協会でルール面を検証して、極秘練習して、
南アフリカでの採用が決まったら、発案者の名前を入れたネーミングをつける。
自分の考えたプレーでW杯のゴールが生まれれば、
toto-BIGが当たるよりも嬉しいにちがいない。
お金では買えない夢がそこにはある。
感嘆符が口を突いて出た。
サッカーにおいて、予断、予測を越える素晴らしいプレーを見たときに漏れ出る
「おっ」でもなく、「おーっ」でもない。「あっ」である。
脳裏にまったく浮かばないプレーに度肝を抜かれたからだ。
「こんなのアリ?」
清水エスパルス・サポーターならば、
つづけざまに落胆か怒気をこめて、疑問符のつく台詞を吐く。
それ以外の者は、同じ台詞を、満面の笑みとともに、口にした。
ほどなく、動画サイトの小さな窓から、
世界中のサッカー・ファンにも、ひとときの平和なる話題をもたらした。
さっそくマネした子供もいるだろう。
まだ目にしていない方は、注意してお読みください。
それは、サンフレッチェ広島の佐藤寿人と槙野智章による
ペナルティ・キック(PK)におけるコンビプレー。
発案者の槙野は
「(Jリーグ)開幕戦でやったら目立つ。ほかの試合じゃ、テレビが少ないから意味がない」
と虎視眈々と狙っていた。
ボールをセットした槙野は、いつものように左後方に助走距離をとり、
背番号5を清水のGK西部洋平に見せつけ、
いつもなら、西部劇のガンマンのごとく、182cmの長身をクルリと翻らせて、
ボールへ向かってダッシュして右脚でシュートする。
このときは、さらにペナルティーエリアのライン際まで下がり、
ギリギリに立つ清水の選手を押し分ける。
その刹那、ササッーと気配だけは感じたはずの西部の動きとは反対側のネットに
ボールは突き刺さっていた。
逆サイドから走りこんで蹴ったのは公称170cmのFW佐藤だった。
後日のJリーグ公式サイトによると
「この判定は誤りでした。」
「正しくは、得点は認められません。」
競技規則第14条では、「ペナルティーキックを行う競技者は、特定されなければならない」と規定されており、
これを破ったため、「本来ならば反スポーツ的行為であり、少なくとも佐藤選手には警告が与えられるべきで」
「佐藤選手がペナルティーエリアに入った地点から、清水エスパルスに対して間接フリーキックが与えられて」再開すべきだったとのこと。
ちなみに「当該試合は既に成立しており試合の結果は変わるものではありません。」
なにが「特定」なのかや、Jリーグくじへの影響などの議論はあるが、
「アリ」ではなく「ナシ」で
「良い子はマネしちゃダメよ」と言うことだ。
キッカー有利といわれるPKで、フリーキックばりのダミーやオトリが必要かどうか、
は別にして、誰もやったことがないプレーに気がついた事実にまずは称賛だ。
きっと、広島の心優しき男たちは、仲間うちの心に秘めつつ、
けっして周囲には洩らさず、この日に望んだはず。
絶好のチャンスに、ちょっとした悪戯心も膨らむ。
アイコンタクトで決行を示し合わせた2人。素知らぬフリする仲間たち。
そういえば槙野のぎこちない素振り。PKが決まったときのはっちゃけた喜びよう。
悪意なき悪戯は大成功だ。
清水イレブンも、心優しき男たちだった。
ゴールを決められた西部は、口元を隠していたが、少し悔しくて、ちょっと苦笑い。
「あっ」と驚いたのは仕方ないが、「こんなのアリ?」と、審判に抗議する者はいなかった。
誰もジャッジに疑問を持たなかったのだろうか。
世界を渡り歩いた小野伸二やヨンセン、ボスナーなどが抗議しなかったせいで、
疑問を持ったにもかかわらず、黙っていたのか。
日本サッカー協会の松崎康弘審判委員長によると、岡部拓人主審も、
「何かおかしいと思ったが、清水側も何も言わなかったし、不安だったが、得点は認めた」と語っている。
キャプテンの兵頭昭弘が、抗議していれば、裁定が変わった可能性はある。
せいぜいPKのやり直し、と早合点したとしても、やり直しのPKを防ぐ可能性は残る。
やはり「疑問を持たなかった」そのことが疑問である。
そんな優しき男たちの姿に、Jリーグ発足初年度におこった「あっ」としたプレーを思い出す。
当時の驚くほど弱かった浦和レッズは、エースの福田正博が、
鹿島アントラーズから先制ゴールを奪うと、
自陣側のベンチ前でみんなと祝福を分かち合う。
テレビカメラも喜びの輪を追いかけるなか、すぐにゲームは再開されていて、
11人対GKひとりの状態から、同点ゴール。
アントラーズ以外のすべてが「あっ」か「えっ」となった。
当時の日本代表選手、福田の蒼白な顔が、いまでも印象深い。
今では少年サッカーでも、ゴールしたら相手エリアで喜べと教わるが、
当時は日本最高リーグの日本代表プレイヤーでも気がつかなかった。
フィールドのなかで、ルールとスポーツマンシップ、常識と固定観念が、
「あっ」という間に混ざりあって、苦い味が走って、
日本のサッカーがまだ子供だったことに気づかされた。
あのとき、鹿島のジーコは、嗤ったのか、笑っていたのか、きっと嗤っていた。
今回のPKは、公式には「誤審」とされたので、二度と見ることはないだろう。
が、想定外の美事さには変わりない。
「反スポーツ的行為」で「イエローカード」を出すべしと認定された、
なんとも愉快なる「トリックプレー」には、スポーツの醍醐味と真髄がある。
非暴力のもとで、ルールを知り尽くし、グレーゾーンや盲点をついて、
誰もやったことがない自分たちだけのプレーをやる。
スポーツにおけるコロンブスの卵には、ネイティブ・アメリカンの不幸はおこらない。
新発見は、まちがいなく進化につながるはずである。
Jリーグ発足から18年目の今年、
ちょっとは大人になったハズの日本サッカーは、
6月のW杯で世界を「あっ」と驚かせることができるのか。
90分のゲーム内容では難しいかもしれない。
このさい、日本サッカー協会は、
日本中、いや世界中から「トリックプレー」を正式に募集してはどうだろう。
協会でルール面を検証して、極秘練習して、
南アフリカでの採用が決まったら、発案者の名前を入れたネーミングをつける。
自分の考えたプレーでW杯のゴールが生まれれば、
toto-BIGが当たるよりも嬉しいにちがいない。
お金では買えない夢がそこにはある。
ああ、リンクの上に、無情なる鐘が鳴り響いた。
両手を捧げ、天を仰ぎ見る浅田真央の瞳に映ったのは
パシフィック・コロシアムの屋根裏ではない。
見えるはずがない、バンクーバーの夜空に広がる漆黒の闇だった。
悲喜交々の拍手と喝采を浴びて、ゆっくりと顔を落とすと
万感たるがゆえの無表情がひたすらつづいた。
「悔しいです」
とめどない想いは、屈辱の一点に集約され、大粒の涙とともに胸の奥底から絞りだされた。
4分間の作品を完成できなかった自分への失望と喪失感もにじむ。
表彰台の真ん中に立つ至福の喜びは、誰よりも知り尽くしている。
なのに、五輪金メダリストを最も近くから仰ぎ見るしかない敗北感。
まぎれもなく世界一の悔しさに、浸り、浸り尽くしたに違いない。
予兆は漂っていた。
キム・ヨナの完璧といえる演技の終了直後、ボルテージが上がるリンクに降り立つとき
ヘッドフォンを耳に押しつける浅田の横顔には青白い緊張が走っていた。
まるで「戦争反対」や「核兵器廃絶」をテーマにして英語の弁論大会に挑む
女子高校生みたい。
国内での最終調整では体調不良のタラソワ・コーチの姿はなかった。
日本国民の期待を一身に背負った19歳の不安は果てしなく高まり、一掃するためには
代名詞とされるトリプル・アクセルの完成度を上げるしかなかったはずだ。
いつしか呪文のように何度も、何度も唱えられた。
その成果は美事に結実した。
ラフマニノフの前奏曲「鐘」の、重苦しい調べとともに跳んだトリプル・アクセルが
1本目、2本目、と着氷に成功した。
被爆者が魂こめて語りかける「ヒロシマ」「ナガサキ」のように
見守る者たちの心に突き刺さり、涙腺はなぜか弛んだ。
後半になって訪れた微妙なミス。
声ならぬ声があがり、その後のジャンプの失敗には悲鳴が轟いた。
悲愴なる終盤の演技は、躍動する肢体の美しさをさらに際立たせ
観る者の心を揺さぶりつづけた。
フィニッシュに、ただ、ただ、感動。ちょっとした号泣。
未完の大作は未完のままとなり
国境を越えて語り継がれる傑作には、ついになれなかった。
スポーツと政治は別だと言われるが、オリンピックとは政治である。
「平和」という政治メッセージを謳いあげる祭典である。
スポーツ、それ自体が「戦争」の対極の存在でもあるだからだ。
が、音楽の解釈とその表現力を採点項目に含むフィギア・スケートは
観る者に特定のメッセージを伝える(ことができる)稀有な競技である。
スケート界の世界殿堂に名を連ねるタラソワが、教え子の作品に秘めたメッセージ。
それが、オリンピックの舞台に相応しい「平和」
そして表裏一体でもある「戦争」の克服であるならば
叶わぬ想い、つまり「悲願」となるのも運命だったのかもしれない。
完全優勝を飾ったキム・ヨナに、韓国国民のプレッシャーは、微塵もなかった。
浅田と同じ19歳は、3年以上もカナダのトロントを練習の本拠地として過ごし
英語も流暢に操り、その洗練された立ち振る舞いは
地元の声援の後押しを受ける、コリア系カナダ女性にさえ見えた。
メッセージよりも頂点へ立つことに優先順位を置いた
冷徹なる計算と分析とデータに裏打ちされたプログラム。
それを、研ぎ澄まされた技術で、一点の曇りも無く完遂した。
キス&クライで、世界最高得点の表示を見るや
彼女の口から飛び出した言葉は、母国語ではなく「オー、マイゴッド」。
リンクで表現されたのは、キム・ヨナという女性の成長と変貌そのものだった。
もう一人、深い感動を与えてくれたのは、ジョアニー・ロシェット。
直前に母を失くした哀しみを噛み締めて氷上に立つ姿。
銅メダリストというより、素晴らしき勝者であった。
オリンピック銀メダリストの浅田は、4年後の雪辱に意欲をみせている。
永遠のライバルと呼ばれた金メダリストは、すでに引退(プロ転向?)して
そこにはいない可能性も高い。
孤高となるかもしれない天才少女には
これまでの4年間では蓄積できなかった、様々な経験を積んでもらいたい。
たとえば、現役アスリートでありながら、後輩のスケーターをコーチングして育てあげる。
振り付けや選曲、衣装をコーディネートする。天才ではない人間の苦しみを知る。
教える立場になって客観的に見るフィギア・スケートの周辺景色は
いままでとはきっと違って見えるはずだ。
トリノ五輪の金メダリスト荒川静香は当時24歳だった。
ロシア・ソチ五輪。浅田真央、そのとき23歳。
艱難辛苦を糧にして、もはや「真央ちゃん」ではない
成熟した女性アスリートとしてリンクに立つとき
見上げた空はきっと光り輝く。
両手を捧げ、天を仰ぎ見る浅田真央の瞳に映ったのは
パシフィック・コロシアムの屋根裏ではない。
見えるはずがない、バンクーバーの夜空に広がる漆黒の闇だった。
悲喜交々の拍手と喝采を浴びて、ゆっくりと顔を落とすと
万感たるがゆえの無表情がひたすらつづいた。
「悔しいです」
とめどない想いは、屈辱の一点に集約され、大粒の涙とともに胸の奥底から絞りだされた。
4分間の作品を完成できなかった自分への失望と喪失感もにじむ。
表彰台の真ん中に立つ至福の喜びは、誰よりも知り尽くしている。
なのに、五輪金メダリストを最も近くから仰ぎ見るしかない敗北感。
まぎれもなく世界一の悔しさに、浸り、浸り尽くしたに違いない。
予兆は漂っていた。
キム・ヨナの完璧といえる演技の終了直後、ボルテージが上がるリンクに降り立つとき
ヘッドフォンを耳に押しつける浅田の横顔には青白い緊張が走っていた。
まるで「戦争反対」や「核兵器廃絶」をテーマにして英語の弁論大会に挑む
女子高校生みたい。
国内での最終調整では体調不良のタラソワ・コーチの姿はなかった。
日本国民の期待を一身に背負った19歳の不安は果てしなく高まり、一掃するためには
代名詞とされるトリプル・アクセルの完成度を上げるしかなかったはずだ。
いつしか呪文のように何度も、何度も唱えられた。
その成果は美事に結実した。
ラフマニノフの前奏曲「鐘」の、重苦しい調べとともに跳んだトリプル・アクセルが
1本目、2本目、と着氷に成功した。
被爆者が魂こめて語りかける「ヒロシマ」「ナガサキ」のように
見守る者たちの心に突き刺さり、涙腺はなぜか弛んだ。
後半になって訪れた微妙なミス。
声ならぬ声があがり、その後のジャンプの失敗には悲鳴が轟いた。
悲愴なる終盤の演技は、躍動する肢体の美しさをさらに際立たせ
観る者の心を揺さぶりつづけた。
フィニッシュに、ただ、ただ、感動。ちょっとした号泣。
未完の大作は未完のままとなり
国境を越えて語り継がれる傑作には、ついになれなかった。
スポーツと政治は別だと言われるが、オリンピックとは政治である。
「平和」という政治メッセージを謳いあげる祭典である。
スポーツ、それ自体が「戦争」の対極の存在でもあるだからだ。
が、音楽の解釈とその表現力を採点項目に含むフィギア・スケートは
観る者に特定のメッセージを伝える(ことができる)稀有な競技である。
スケート界の世界殿堂に名を連ねるタラソワが、教え子の作品に秘めたメッセージ。
それが、オリンピックの舞台に相応しい「平和」
そして表裏一体でもある「戦争」の克服であるならば
叶わぬ想い、つまり「悲願」となるのも運命だったのかもしれない。
完全優勝を飾ったキム・ヨナに、韓国国民のプレッシャーは、微塵もなかった。
浅田と同じ19歳は、3年以上もカナダのトロントを練習の本拠地として過ごし
英語も流暢に操り、その洗練された立ち振る舞いは
地元の声援の後押しを受ける、コリア系カナダ女性にさえ見えた。
メッセージよりも頂点へ立つことに優先順位を置いた
冷徹なる計算と分析とデータに裏打ちされたプログラム。
それを、研ぎ澄まされた技術で、一点の曇りも無く完遂した。
キス&クライで、世界最高得点の表示を見るや
彼女の口から飛び出した言葉は、母国語ではなく「オー、マイゴッド」。
リンクで表現されたのは、キム・ヨナという女性の成長と変貌そのものだった。
もう一人、深い感動を与えてくれたのは、ジョアニー・ロシェット。
直前に母を失くした哀しみを噛み締めて氷上に立つ姿。
銅メダリストというより、素晴らしき勝者であった。
オリンピック銀メダリストの浅田は、4年後の雪辱に意欲をみせている。
永遠のライバルと呼ばれた金メダリストは、すでに引退(プロ転向?)して
そこにはいない可能性も高い。
孤高となるかもしれない天才少女には
これまでの4年間では蓄積できなかった、様々な経験を積んでもらいたい。
たとえば、現役アスリートでありながら、後輩のスケーターをコーチングして育てあげる。
振り付けや選曲、衣装をコーディネートする。天才ではない人間の苦しみを知る。
教える立場になって客観的に見るフィギア・スケートの周辺景色は
いままでとはきっと違って見えるはずだ。
トリノ五輪の金メダリスト荒川静香は当時24歳だった。
ロシア・ソチ五輪。浅田真央、そのとき23歳。
艱難辛苦を糧にして、もはや「真央ちゃん」ではない
成熟した女性アスリートとしてリンクに立つとき
見上げた空はきっと光り輝く。
Text by Hrio Matsuoka
北島康介は2大会連続の平泳ぎ100mと200mでふたつの金メダル。
水をかいて推進力を伝えた両腕が、前方へスッと伸びるや、強靭なキックで水を蹴る。
メカニカルな動作を染みこませた身体が、よどみないストロークを描きだす。
そのなめらかな流線が、白波立てることなく水中を進む、ほんのわずかの間がひときわ美しい。
より速く、より遠く、より強く、だけではなく、より美しい。
美しい勝者の泳ぎに、ひとしきり感動をいただいた。
平泳ぎは、競泳の中で、もっともムダな泳ぎ方である。
北島の100m世界新記録は、自由形の世界記録より約12秒も遅く、女子の背泳ぎ記録よりも遅い。
長距離の自由形はもちろん、海などでの遠泳では、「燃費」のよいクロールで泳ぐのが一般的だ。
が、金メダルのブレスト・ストロークは、本来はムダなはずの泳ぎが、モザイクのごとく緻密で精密な芸術品になった現われであった。
ムダなことにこそ、芸術はあり、人間の存在する意味があるのかもしれない。
北島康介は2大会連続の平泳ぎ100mと200mでふたつの金メダル。
水をかいて推進力を伝えた両腕が、前方へスッと伸びるや、強靭なキックで水を蹴る。
メカニカルな動作を染みこませた身体が、よどみないストロークを描きだす。
そのなめらかな流線が、白波立てることなく水中を進む、ほんのわずかの間がひときわ美しい。
より速く、より遠く、より強く、だけではなく、より美しい。
美しい勝者の泳ぎに、ひとしきり感動をいただいた。
平泳ぎは、競泳の中で、もっともムダな泳ぎ方である。
北島の100m世界新記録は、自由形の世界記録より約12秒も遅く、女子の背泳ぎ記録よりも遅い。
長距離の自由形はもちろん、海などでの遠泳では、「燃費」のよいクロールで泳ぐのが一般的だ。
が、金メダルのブレスト・ストロークは、本来はムダなはずの泳ぎが、モザイクのごとく緻密で精密な芸術品になった現われであった。
ムダなことにこそ、芸術はあり、人間の存在する意味があるのかもしれない。
Text by Hiro Matsuoka
内芝正人が柔道男子66Kg級で連覇を達成した。
レスリング技術の導入がすすむJUDOは、もう日本にとっての「お家芸」ではない。
勝者は最後のひとりだけ。
「今大会日本初の金メダル」を喜ぶよりも、連覇という偉業こそ讃えたい。
柔道女子52Kg級で19歳の中村美里が銅メダル。
「金メダルを目指していたので悔しい」
こわばった表情のままで、喜びはない。
この姿を見て、「わたしも柔道をやりたい」と思う女の子はいるだろうか?
「もっと喜びなさい」
バルセロナ五輪の表彰台で、金メダルのセシル・ノバックは、涙にくれる銀メダリストを優しく叱った。
隣にいたのは、当時16歳の田村亮子(現姓・谷)である。
このとき、日本の柔道を取り巻く環境は、ノバックの言葉の重さに気づくべきだった。
4年に1度のオリンピックでは、ほとんど全てのアスリートが敗者になるのだから。
中村の隣りで、もう一人の銅メダリスト、アルジェリアのソラヤ・ハダドは、笑顔を弾けさせていた。
「JUDOをやりたい」
そう思った女の子が、北アフリカのどこかに、きっといる。
内芝正人が柔道男子66Kg級で連覇を達成した。
レスリング技術の導入がすすむJUDOは、もう日本にとっての「お家芸」ではない。
勝者は最後のひとりだけ。
「今大会日本初の金メダル」を喜ぶよりも、連覇という偉業こそ讃えたい。
柔道女子52Kg級で19歳の中村美里が銅メダル。
「金メダルを目指していたので悔しい」
こわばった表情のままで、喜びはない。
この姿を見て、「わたしも柔道をやりたい」と思う女の子はいるだろうか?
「もっと喜びなさい」
バルセロナ五輪の表彰台で、金メダルのセシル・ノバックは、涙にくれる銀メダリストを優しく叱った。
隣にいたのは、当時16歳の田村亮子(現姓・谷)である。
このとき、日本の柔道を取り巻く環境は、ノバックの言葉の重さに気づくべきだった。
4年に1度のオリンピックでは、ほとんど全てのアスリートが敗者になるのだから。
中村の隣りで、もう一人の銅メダリスト、アルジェリアのソラヤ・ハダドは、笑顔を弾けさせていた。
「JUDOをやりたい」
そう思った女の子が、北アフリカのどこかに、きっといる。
Text by Hiro Matsuoka
がんばれ日本。原爆落としたヤンキーどもに負けんじゃねえ!
と、罵声と歓声をあげながらも、サッカーに、バレーボールに、と続けて米国に破れた。
「美国」と中国では表記されるUSAでは、NFLの名QBブレッド・ファーブの電撃移籍が話題の中心。
MLBは毎日のようにゲームが続き、イチローは打席に立ち続けている。
五輪のトピックスは、スター揃いのNBAと競泳のマイケル・フェリプスくらい。
ブレンダン・ハンセンって誰?という感じである。
それでも、サッカーやバレーで日本に勝ってしまう。
くやしさ倍増で、いっそう「ヤンキー」と罵声を浴びせたくなる。
北京五輪の観衆のおおくは、「日本」がピンチになると歓声をあげる。
「日本」がポイントを奪われると拍手する。
理由は「日本」が嫌いだから。
相手がどこのチームでも関係ない。
「日本」の敵は我らが味方。
これぞオリンピック。
「悪の帝国」だと信じていても、剣を手にとって殺すことはしない。
「独裁者の国」とのゲームでも、殺し合いは始まらない。
古代オリンピアでも、憎悪さえ抱く集団に対しては、罵声を浴びせたに違いない。
「エケケイリア」(オリンピック休戦)は、崇高な平和主義から生まれたのではない。
オリンピアの祭典に集まる人々の移動の安全を確保する現実性から生まれた。
もっとも、「バルバロイ」と呼ばれた異民族は、エケケイリアを理解しない。
広大なペルシア帝国は、戦争中なのにオリンポスで熱狂する小国の民を、蔑視していたはずだ。
現実世界でもエケケイリアは、実行されていない。
グルジアでは、ロシア軍の空爆が始まったという。
占領や戦闘状態は、世界のあちこちで続く。
開会式に集った各国の首脳は、気づいただろうか?
自分たちは、現代のバルバロイなのである。
ゲームを続けるためには、相手を殺してはならない。
殺さないかぎり、ゲームは続けられるのだ。
さあ、今日も罵声を浴びせ、歓声をあげよう。
がんばれ日本。原爆落としたヤンキーどもに負けんじゃねえ!
と、罵声と歓声をあげながらも、サッカーに、バレーボールに、と続けて米国に破れた。
「美国」と中国では表記されるUSAでは、NFLの名QBブレッド・ファーブの電撃移籍が話題の中心。
MLBは毎日のようにゲームが続き、イチローは打席に立ち続けている。
五輪のトピックスは、スター揃いのNBAと競泳のマイケル・フェリプスくらい。
ブレンダン・ハンセンって誰?という感じである。
それでも、サッカーやバレーで日本に勝ってしまう。
くやしさ倍増で、いっそう「ヤンキー」と罵声を浴びせたくなる。
北京五輪の観衆のおおくは、「日本」がピンチになると歓声をあげる。
「日本」がポイントを奪われると拍手する。
理由は「日本」が嫌いだから。
相手がどこのチームでも関係ない。
「日本」の敵は我らが味方。
これぞオリンピック。
「悪の帝国」だと信じていても、剣を手にとって殺すことはしない。
「独裁者の国」とのゲームでも、殺し合いは始まらない。
古代オリンピアでも、憎悪さえ抱く集団に対しては、罵声を浴びせたに違いない。
「エケケイリア」(オリンピック休戦)は、崇高な平和主義から生まれたのではない。
オリンピアの祭典に集まる人々の移動の安全を確保する現実性から生まれた。
もっとも、「バルバロイ」と呼ばれた異民族は、エケケイリアを理解しない。
広大なペルシア帝国は、戦争中なのにオリンポスで熱狂する小国の民を、蔑視していたはずだ。
現実世界でもエケケイリアは、実行されていない。
グルジアでは、ロシア軍の空爆が始まったという。
占領や戦闘状態は、世界のあちこちで続く。
開会式に集った各国の首脳は、気づいただろうか?
自分たちは、現代のバルバロイなのである。
ゲームを続けるためには、相手を殺してはならない。
殺さないかぎり、ゲームは続けられるのだ。
さあ、今日も罵声を浴びせ、歓声をあげよう。
Text by Hiro Matsuoka
谷亮子、五度目のオリンピックは銅メダル。
銀、銀、金、金、銅のオリンピック記録は、空前絶後の偉業である。
それでも、虚しさだけが漂う。
「女三四郎」ではなく「YAWARAちゃん」と呼ばれていた。
「男まさりの女」ではなく、「女の子なのに強い」姿に注目が集まった。
その頃の笑顔は、まぎれもなく光輝いていた。
16歳で挑んだバルセロナ五輪の決勝では惜しくも敗れたが、涙ぐむ姿も美しかった。
ニックネームの元になった女子柔道マンガをはるかに超えた連勝を続ける。
が、絶対本命のアトランタ五輪でまさかの銀に終わった。
敗戦のショックにも、彼女の柔道からは魅力が溢れていた。
そしてシドニーで待望の金メダル。
はじけるほどの笑顔からは喜びのお裾分けをいただいた。
やがて笑顔が曇りだす。
日本の柔道界にとって、いまだかつてないスーパースター。
146cm48kgの小さな身体には、男よりも男らしい「柔道家」であることが求められた。
「谷でも金」「ママでも金」のフレーズは、実態とかけ離れたテーゼだった。
女でもなく、妻でもなく、母でもない。
金メダリストでありつづけるための艱難辛苦が続いたに違いない。
ほかの選手だったら批判を浴びるような「勝ちにこだわる柔道」。
それでも、土気色の顔をした柔道家からは、金メダルに相応しい生気が見えなかった。
敗れて呆然とする姿の対極に、勝ったルーマニア選手の弾ける笑顔があった。
3位決定戦では見事な一本勝ちながら、笑顔はやはりなかった。
銅メダルになっても笑顔のないスポーツ、日本柔道の持つ悲しき宿命はどこまで続く。
表彰式で見せた精いっぱいのハニカミが哀愁を帯びていた。
谷亮子、五度目のオリンピックは銅メダル。
銀、銀、金、金、銅のオリンピック記録は、空前絶後の偉業である。
それでも、虚しさだけが漂う。
「女三四郎」ではなく「YAWARAちゃん」と呼ばれていた。
「男まさりの女」ではなく、「女の子なのに強い」姿に注目が集まった。
その頃の笑顔は、まぎれもなく光輝いていた。
16歳で挑んだバルセロナ五輪の決勝では惜しくも敗れたが、涙ぐむ姿も美しかった。
ニックネームの元になった女子柔道マンガをはるかに超えた連勝を続ける。
が、絶対本命のアトランタ五輪でまさかの銀に終わった。
敗戦のショックにも、彼女の柔道からは魅力が溢れていた。
そしてシドニーで待望の金メダル。
はじけるほどの笑顔からは喜びのお裾分けをいただいた。
やがて笑顔が曇りだす。
日本の柔道界にとって、いまだかつてないスーパースター。
146cm48kgの小さな身体には、男よりも男らしい「柔道家」であることが求められた。
「谷でも金」「ママでも金」のフレーズは、実態とかけ離れたテーゼだった。
女でもなく、妻でもなく、母でもない。
金メダリストでありつづけるための艱難辛苦が続いたに違いない。
ほかの選手だったら批判を浴びるような「勝ちにこだわる柔道」。
それでも、土気色の顔をした柔道家からは、金メダルに相応しい生気が見えなかった。
敗れて呆然とする姿の対極に、勝ったルーマニア選手の弾ける笑顔があった。
3位決定戦では見事な一本勝ちながら、笑顔はやはりなかった。
銅メダルになっても笑顔のないスポーツ、日本柔道の持つ悲しき宿命はどこまで続く。
表彰式で見せた精いっぱいのハニカミが哀愁を帯びていた。






